北欧

ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク


ヨーゼフ・マルティン・クラウス(Joseph Martin Kraus, 1756 - 1792)

モーツァルトと同年生まれで1年後に亡くなった人。才能に関しても、あの天才に少し落ちる程度であり、かなりのレベルにあると感じる。古典派でモーツァルトとハイドン以外を聴くなら、真っ先に手を出すべき作曲家の一人。

  • 交響曲ハ短調VB142
    • 4.0点
1楽章のロマンチックな激情と知性はモーツァルトに匹敵と言えるほどの素晴らしさ。2楽章も時代を考えるとロマンチックであるとともに、モーツァルトに近い。最後の3楽章はもっと激しくやってほしいし、霊感があと少し足りないと感じるが、十分に頑張っている。モーツァルトの2曲の短調の交響曲の天才性にはかなわないが、ハイドンの大半の短調の交響曲よりも優れていると思う。

フランツ・アドルフ・ベルワルド(Franz Adolf Berwald, 1796 - 1868)

  • 交響曲第1番ト短調「まじめな交響曲」(Sinfonie sérieuse)
    • 3.0点
凡庸なマイナー交響曲であり、大作曲家ならば習作レベルだろう。とはいえ、素朴な和声と音楽の進行だからこその味があるなと感じたり、「これはけっこう美しいのでは」とハッとするような場面があったのは確かである。期待度を下げて気軽に聞いたら案外1曲通して楽しめた実感がある。

  • 交響曲第2番ニ長調「気まぐれな交響曲」(Sinfonie capricieuse)
    • 3.0点
印象は1番と大きく変わらない。全体的に平凡であり天才的ではないのだが、なぜか案外楽しめた自分がいる。シューベルトと同世代であるこの時代の作曲家は、ロマン派と古典派の両方の要素が混在していて、そのこと自体が魅力的に感じるのかもしれない。楽曲は下手に個性的すぎたり独自性を出そうとしすにバランスが保たれていて、それでも古典派よりは個性的である点が良いのかもしれない。

  • 交響曲第3ハ長調「風変わりな交響曲」(Sinfonie singulière)
    • 3.0点
素朴だが音楽としてシンプルに楽しめる印象は1番2番に近い。とはいえ、素朴ななかに多少の刺激的な新しい要素を取り入れた印象があり、今までの単純な繰り返しにはなっておらず発展した感じがある。最後の高揚感もいい感じ。かっちりとした楽章の組み合わせにならない3楽章制の方が作曲者の特性に向いているかもしれない。

  • 交響曲第4番変ホ長調「素朴な交響曲」(Sinfonie naïve、スコアには標題の表示は無い)
    • 2.8点
この曲は、3楽章や4楽章は平凡で旋律の魅力がなくて面白くないと感じた。そのため聞き終わった後の印象が他の交響曲より悪かった。だが戻って聴くと2楽章はなかなかの魅力があり巨匠的な雰囲気のある美しい緩徐楽章である。1楽章も旋律の魅力が足らないため、トータルでは少し他より評価が落ちる。2楽章は一度聴く価値があるとお勧めできるが。

  • ピアノ協奏曲
    • 2.8点
交響曲の印象から協奏曲はもっと大人しいのかと想像したが、そうではなくピアノが全面的になかなか派手であり、華やかに活躍する。協奏曲のエンターテイメント性が聴きやすい方向に働いている。とはいえ、その驚きが落ち着いた後に、独奏が表面的に派手なだけで天才的な閃きのない楽曲という印象で終わってしまった。もっと作曲者にしかできない世界を作って欲しかった。

ニルス・ゲーゼ(Niels Wilhelm Gade, 1817 - 1890)

デンマークの作曲家。マイナー交響曲作曲家の中の大物の一人。

交響曲

  • 交響曲第1番ハ短調Op.5
    • 2.5点
爽やかで聴きやすい曲ではあるが、あまりにも和声が単純素朴すぎてプロの作曲家の書いた曲に聴こえない。メンデルスゾーンに初演してもらえたとのことだが、管弦楽としては明快で爽快でありながら柔らかさや快活さもある雰囲気は当時としてはシューマンやメンデルスゾーンの交響曲の影響下では演奏する価値がある曲だったのかもしれない。しかし、最初だけでなく最後まであまりに和声が単純素朴すぎてそれの上での旋律も当然に単純であり、たまにちょっとした捻りが入るとそれが驚きになるというのは、今の基準で聞くには物足りない楽曲というのが正直なところである。

  • 交響曲第2番ホ長調Op.10
    • 2.8点
1番よりは大きく進歩している。単純素朴すぎるという感想は無くなったが、まだ一流作曲家と呼ぶには和声の進行など楽曲の作りが単純すぎる。しかし、成長の方向としては良くて、爽やかで明快な方向であり、このまま成長すれば良い作曲家になるだろうという雰囲気はある。ロマン派の中期以降は爽やかな作曲家がトップにならなくなったため、その流れでトップになれなかった印象ではある。特に気に入ったというほどの楽章はなく、メンデルスゾーン系の明るく爽やかな楽曲が並んでいる印象である。

  • 交響曲第3番イ短調Op.15
    • 3.3点
この曲では大きく成長して、一人前の一流作曲家になったと感じる。音の充実感、盛り込まれた発想の量が2番までとは雲泥の差である。多少の和声のシンプルさが今までの痕跡として残ってはいるが、数々のアイデアを盛り込んだことによる4つの楽章が作り上げる充実感により、その印象は隅に追いやられて、優秀な作曲家だという印象が全面にきている。感動した旋律はないし天才だと感嘆することはないのだが、秀才型の交響曲作曲家としては、一流作曲家にかなり近づいている。シューマンやメンデルスゾーンはあまり詰め込まない交響曲作曲家のため、むしろゲーゼの方が充実感では上回っているくらいだ。

  • 交響曲第4番変ロ長調Op.20
    • 2.8点
全体的に旋律の魅力が少ない気がする。楽しく元気に音楽は鳴っているが、あまり心に響かない。聞いた後にいい曲だったとか、もう一度聞きたいという印象がない。アイデア不足と思う。3番は楽しかったと思うので、力量ではなく作品の出来の問題だと思った。

  • 交響曲第5番ニ短調Op.25
    • 3.0点
ピアノが全体に活躍するため、ピアノ協奏曲風である。しかし、ピアノが全面に出てきて独壇場として活躍するというよりは、ソロはないため一つの主要な楽器としてオーケストラと一緒に交響曲を作り上げているような感覚である。このため、やはりピアノ入りの交響曲というほうがピンとくる。ピアノが上手く幅広いやり方で活用されたという印象はないものの、ピアノの音数は多くて、やはり普通の管弦楽曲より圧倒的に華がある。その華を楽しむだけで聴く価値がある。

  • 交響曲第6番ト短調Op.32
    • 2.8点
短調の交響曲であり、かなり悲劇的もしくは厳しい響きを志向しているように聞こえるが、それがあまり作曲者の素質と合っていないという印象である。悲劇的な音楽を作ろうとしているが、素顔は厳しくなれないのだろうから、無理しているように聞こえてしまう。曲に入り込むことができないまま、4つの楽章が終わってしまった。

  • 交響曲第7番ヘ長調Op.45
    • 2.8点
元気で立派な曲ではあるものの、旋律や音楽的な内容に特段の特徴を感じなかった。このため、また聴くたいと思うような内容には感じなかった。やはりもっと作曲者ならではの個性が欲しい。個性が強ければ実力がトップ作曲家より低くても楽しめるのだが。

  • 交響曲第8番ロ短調Op.47
    • 3.3点
どこが違うのか説明できないが、基本的な音楽の作りは同様であるものの、この曲はそれまでの交響曲よりも聞き応えと重みがある曲に聞こえる。なんとなく楽しめる曲である。特に最初の2つの楽章は、一つ一つのフレーズに深みというか陰影があり、単に元気なだけではない人生の悲哀が込められているように感じた。それでも地味ではあるが、これならばそれなりにお勧めできる。最後の盛り上がりも、作り物すぎない自然さがあると思う。

ピアノ曲

  • ピアノソナタホ短調Op28
    • 3.5点
1839年まだ22歳の作品であり、交響曲1番よりも前の作品である。しかし、私には初期交響曲よりも魅力的に感じられる。ショパンやシューマンの影響を大きく受けていると思われるロマン派の香り豊かな詩情と抒情性の豊かな曲である。この時代ならではの純度の高い仄かな悲しみやリアルさ兼ね備えたロマン性を全力で取り組んだ作品であり、無理をせずに本当に好きな音楽を自分で作ったのだろうと思って、聴いていて心地よく楽しい。4つの楽章がいずれも楽しめる。また書法も若書きにしては良いように聴こえるのは、参考にしやすい最高の手本があったからだろう。楽譜を見たらがっかりするかもしれないが、隠れた名曲。高評価すぎると思われる点をつけたのは、この曲を忘れないようにするため。

アスガー・ハメリク(Asger Hamerik, 1843 – 1923)(またはハンメリク)

デンマーク



ヨハン・(セヴェリン・)スヴェンセン(Johan [Severin] Svendsen, 1840 - 1911)

ヴィルヘルム・ステーンハンマル(Carl Wilhelm Eugen Stenhammar, 1871 - 1927)

北欧の作曲家としては、グリーグとシベリウスに次ぐ存在の一人とのこと。イメージは爽やかさと透明感のあるバランス良い実力派という印象である。

管弦楽曲

  • 交響曲 第1番 ヘ長調 (1902年 - 1903年)
    • 4.0点
馥郁とした豊かで柔らかい響きの巨匠的な品格ただよう1楽章はなかなかの名品。3楽章もロマン派交響曲の屈指の中間楽章と呼びたいほどの美旋律と自然を感じさせる豊穣な音楽世界が大変に秀逸である。オーケストレーションがかなり良いように聴こえる。ロマン派の発見した良さを交響曲の楽章として最高度に結晶させている。他の楽章もなかなかの力作で十分に曲の価値をキープして楽しませてくれる。感動的なフィナーレは見事な盛り上げ方であり、いいものを聴いたと胸が一杯になる。作曲家の独自性は2番の方があるが、1番も大変な傑作である。

  • 交響曲 第2番 ト短調 作品34(1911年 - 1915年)
    • 4.0点
北欧の厳しさを伴った大自然を感じさせるところはシベリウスに似ていて、ゾクゾクする素晴らしさがある。音使いが室内楽のように簡素でポリフォニックな印象が強いが、それでもオケとしての十分な演奏効果を上げている。壮大な世界の広がりと凍てつく空気と氷の大地を感じさせる1楽章はかなり良い。他の楽章も素晴らしい。没入感があり良い音楽を堪能させてもらえて幸せな時間を過ごせる名作である。時々音の密度感の不足に物足りなさを感じるときがあるものの、全体としてはこれは難解で晦渋なシベリウスの交響曲よりも優れているかもしれない。マイナーなのが驚きの名曲。

  • 交響曲 第3番 ハ長調(1918年か1919年、断片的なスケッチ)

  • セレナード ヘ長調 作品31(1908年 - 1913年、1919年 改訂)
    • 4.0点
見事な管弦楽法でセレナーデらしい愉しませつつ、高度で密度が高く品位も高い音楽を実現している。この曲にはマイナー曲に何かしらある物足りなさがほとんど感じられない。まさに大作曲家の作品らしい隙のなさと磨き上げられた完成度である。完成度で比較するなら交響曲よりも上であろう。もし人口に膾炙するようなメロディーを一つでも産み出して取り込めていたら、有名曲になれた作品である。北欧らしさがありつつも交響曲より色は薄めであり、かなりドイツ的である。ドイツならではの重厚などっしりとした手ごたえ感があるが、しかし北欧らしい情景の要素や、品のよい遊び心のあるセンスとふわっとした軽やかさがあるのが楽しい。

  • 演奏会序曲「高みを目ざして(Excelsior!)」作品13(1896年)

  • ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品1(1893年)
    • 2.8点
1楽章はたいした特徴もなく地味で面白くない。2楽章は軽やかな詩情が楽しめる。楽しい気分で最後まで聴ける。3楽章は天才的な場面がごく短い間だけ存在するが他は凡庸である。4楽章も凡庸である。全体として2楽章だけがオススメできるが他はあまり面白くないのと、4楽章通すと長すぎるため我慢の時間が長すぎてあまり評価できない。作曲者がピアノ協奏曲に向いていない印象である。

  • ピアノ協奏曲 第2番 ニ短調 作品23(1904年 - 1907年)
    • 3.0点
それなりに立派に書かれた曲である。しかし、ピアノ協奏曲というフォーマットを使って独自の表現世界を作ろうとするアイデアが足りないように思えてしまう。なんともしっくりこない。独奏の場面が多いのは特徴と思う。オケにピアノの伴奏をさせて、ピアノを活躍させて、逆にピアノにオケの伴奏をさせることによって産まれる美や情感や情景に入り込めない。しかしこの不満が2楽章の後半から改善して良くなる。3楽章と華やかで高揚感があり愉しませるものがある。

  • (ヴァイオリンと管弦楽のための)2つの感傷的なロマンス 作品28(1910年)


室内楽曲

  • 弦楽四重奏曲 第1番 ハ長調 作品2(1894年)
    • 3.3点
音が薄めの管弦楽曲で個人的に想像していたとおり、とても弦楽四重奏はマッチしているようだ。この曲は多くの素材により複雑に作り込まれた充実感が素晴らしい。巨匠的な響きや音使いの品格と隙のない充実感がある。これで、パッと分かるよいメロディーや雰囲気作りがあれば完璧なのだが、4楽章はそれに近いものがある耳に残る憂いのあるメロディーを持っている。達人ドヴォルザークのセンスには負けるかもしれないが、かなりのレベルで弦楽四重奏をマスターしている。
(2023/8/18)聞き直したところ、以前記載した通りSQの適性の高さは評価できると思うが、とはいえ初期作品でありまだ成熟度が十分でないと考えるとさすがに過大評価だと思ったため点数を3.5点から3.3点に減らした。

  • 弦楽四重奏曲 第2番 ハ短調 作品14(1896年)
    • 3.5
印象は1番に近いが、2年の成長が感じられる。その中でも2楽章はかなり感動的であり滋味と深みがあり大いなる感動を得られる楽曲であり、ハイドンの弦楽四重奏曲で得られた緩徐楽章の感動を再び味わえる素晴らしさである。4楽章の緊張感と充実感もベートーヴェンの近くまでたどり着いた巨匠的な作品と言える。最後の曲の締め方には素晴らしいアイデアであり、強いインパクトがある。まだ若書き感はあり成熟度は完全ではないが、それでもこの巨匠2名の名前を出すほどの最大限の賛辞をしたくなる出来である。

  • 弦楽四重奏曲 第3番 ヘ長調 作品18(1900年)
    • 3.3
作曲家としての腕前は2番よりも上達しており音の緊密で有効な響かせ方を身につけていて、さらに巨匠的になっている。しかし、旋律などの楽曲としての魅力は2番よりも下がってしまった。前半は悪くないが印象に残らないが後半は印象的。まず3楽章の緩徐楽章はまさに憂いの音楽そのものでありこれがこの時代に書かれたことが新鮮である。4楽章はなかなかの大作であり、割り切れず突き抜けないような雰囲気が長々と続いておかしいと思ったら、休止した後に後半からフーガが開始される。フーガのテーマは取り止めのない感じと更新に半音階的なフレーズを含みバッハ風である。フーガの展開はダイナミックで後期ベートーヴェン風である。立派にフーガが展開されて最後は清々しく終わる。意欲作だと感じた。

  • 弦楽四重奏曲 第4番 イ短調 作品25(1909年)
    • 3.3点
短調の曲である。特に陰鬱さが強調されているわけでもないのに、全体にやたらと浮かない気分にさせられるのは何故だろう。密度感や構成や素材の充実感はあるのだが、聴いていて暗い気分になるせいでなんだか楽しめない。おそらくは非力になり重力に負けて身体を横たえながら魂が抜けながら脱力していく感じが気力の喪失を感じさせて、それが精神にダメージを与えるのだろう。あまり記憶のない不思議な感覚だと思った。また、充実感があるにも関わらず「これは良い」とすぐ分かる明快なメロディーやフレーズの良さに欠けるのも欠点である。

  • 弦楽四重奏曲 第5番 ハ長調 作品29(1910年)
    • 3.5点
わりと短い曲なのだが、非常に多くのものを内包した作品である。深淵にして自由闊達なところは、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲をかなり連想させる。あれほどの高みと深淵は全然ないにしても、通常では到底到達しないかなりの独自の境地に居る音楽と感じる。達観したような感じだろうか。音が薄いのだが、不思議なバランスと自由さで駆け回っていき、それが妙に多くのものを限界も自由さの臨界点も裏も表も全て見切ったか心境に感じるのだ。不思議な作品である。

  • 弦楽四重奏曲 第6番 ニ短調 作品35(1916年)
    • 3.5点
人生の終焉に向かって総決算をしていくような心境がやりすぎな位に赤裸々に描かれている。晩年らしい作品に作品である。祈りの気持ちが前面に出たり感傷的になる場面もある。かなり感動的な曲なのだが、それまでの作品と比較して、あまりに曲のトーンが一面的に偏っている気はする。感動的な場面が多数の赤裸々なこの曲は、ベートーヴェンやブラームス後期に匹敵すると感激する人も居るだろう。

  • ヴァイオリン・ソナタ イ短調 作品19(1899年または1900年)


オット・マリング(Otto Valdemar Malling, 1848 – 1915)

デンマーク

ピーター・エラスムス・ランゲ=ミュラー(Peter Erasmus Lange-Müller, 1850-1926)

デンマーク


クリスティアン・シンディング(Christian August Sinding, 1856 - 1941)

交響曲

  • 交響曲第1番ニ短調op.21
    • 2.8点
ドイツ的な骨太な力強さを感じる場面が多い。大作曲家のような個性が耳をとらえて離さないような部分はなかったが、立派な作品である。1楽章の冒頭が劇的な格好いい音楽を書こうとして、失敗して格好悪くなったような印象であり、その後の展開が不安になる。幸にしてそのような残念な箇所は、冒頭部分以外は無かった。しかしながら4楽章も意図的に劇的で感動する音楽を書こうとした印象が拭えず気になってしまった。心がこの高揚感にうまく乗っかれれば感動できるだろうと思うのだが、自分は失敗してしまった。

  • 交響曲第2番ニ長調op.83
    • 3.3点
1番はベートーヴェン的な緊張感のドラマを指向していたが、2番はワーグナーやブルックナーのようなゆったりと享楽的に楽しむ音楽に変わった。全然系統が違うのだが、1番は無理している感が辛かったが、2番はなかなか成功している。音楽の流れに身を任せて感情を音楽に揺さぶってもらって、それで楽しめる。人によってはワーグナーの影響を受けすぎて亜流になっていると思う人もいるかもしれないが、自分はあまり気にならなかった。ただ、北欧らしさが薄い。作曲家の個性と共に、お国柄を楽しみたい自分としては物足りない部分である。また、最後の3楽章は盛り上がりが足らず物足らない。

  • 交響曲第3番ヘ長調op.121
    • 3.0点
爛熟したドイツ後期ロマン派の音楽の影響が大きい。成熟して作曲技術を十分に身につけた大作曲家の音楽という部分があるが、一方でその場面がどこに向かおうとしているのかよく分からないような曖昧さを感じる点で、自分が個人的に好まない末期ロマン派の音楽になってしまっている感もある。実力に感服するのだが、凄く美しい楽しいと感じる場面はあまりない。この時期はリヒャルト・シュトラウスの影響が大きいのでは。

  • 交響曲第4番『冬と春』op.129
    • 3.5点
4曲の中で一番美しく、音に充実感がある。また、ドイツ的な音楽だけでなく北欧の香りがするのが嬉しい。(ドキュメントで確認していないがおそらく)単一楽章であり、休止無しで全体が演奏される。残念ながらシベリウスの7番のような単一楽章の中での劇的な展開はなく、雰囲気の変化は大きくない。このため、交響曲というより交響詩のような印象である。とはいえ、巨匠的な音楽的な充実感はかなりの高レベルさであり、個別の部分を聞いていく限りは名作と言っても良いかもしれない出来栄えである。冗長とは感じなかった。場面展開の不足に不満はあるが、場面ごとにおいて良いものを聴いたと満足できる充実感はやはり評価するべきだろうと考えて、ちょっと甘いかもしれないが高めの点をつけた。

ヨハン・ハルヴォシェン(Johan Halvorsen, 1864 - 1935)

ノルウェー

  • 交響曲1番
    • 3.5点
ドヴォルザークやチャイコフスキーあたりに近いロマン派音楽。かなり聴きやすくていい曲で驚いた。

クット・アッテルベリ(Kurt Magnus Atterberg, 1887 - 1974)

マイナー交響曲作曲家の有名人の一人。個人的には、もうツボにドンピシャであり、メジャー曲にはない独特な個性と世界観を楽しむマイナー交響曲の楽しさを最大限に享受できる作曲家である。。ブルックナーを近代化して映画音楽的なエンタメの要素も取り入れた趣味的な交響曲と言えるだろうか。趣味で書いた作品とのことで、どこかアマチュアらしい凝りすぎない書きたいものを書いた感じがある。

交響曲

  • 交響曲第1番 ロ短調 (op.3)
    • 3.5点
近代的な華やかな管弦楽法と響きの華麗さが良い。2楽章はブルックナー的な広大さの中で漂うような旋律で素晴らしい。陽光の中で音楽に身を浸すように聴ける。現代の映画音楽の大自然の場面のようでもある。人によっては好みにズバッとはまるだろう。3楽章はブルックナーのような骨太さに現代の映画音楽のような運動神経と近代的な管弦楽法のキレの良い輝かしさを合わせたもの。しかし音の密度感はアマチュアらしい物足りなさもある。最後の楽章は高揚感が大作でありながら全体に横溢していて、やはり密度感の問題はあるものの、かなりアドレナリンを放出させる愉しい音楽になっている。全体にブルックナーを分かりやすくエンターテイメント的にした印象。演奏が良いためかなり楽しめる。

  • 交響曲第2番 ヘ長調 (op.6, 1911-13)
    • 3.8点
1楽章は明るく叙情性すら感じる優美さと陽気さを持ちつつも大自然のようなスケールの大きさを持つ、とても素敵な曲。かなり気に入った。2楽章以降も、密度が上がり雰囲気だけでない充実感とともに、全体的な明るさとスケールと楽しませる工夫と没入感のバランスが自分にとってはとても好みで絶妙さを感じる音楽になっていて、聴き終わった後の満足感はかなりのものだ。楽しくてまた聴きたい気持ちになる。最終楽章はやや安っぽく感じるきらいもあるが、見事な締めくくりであっぱれと言いたくなる。

  • 交響曲第3番 ニ長調『西海岸の光景』 (op.10)
    • 3.5点
1番と2番はいわば同工異曲と言っても良い類似した曲だが、3番は趣向を変えている。薄明のような光の弱さの中で動く音楽の1楽章は短調も使われて新しい境地になっている。なかなか面白い。ロマン的な情緒に浸りきる場面もあったり、かなり自分のツボをついている。最後まで激しくならずに終わるが満足度は高い。

  • 交響曲第4番 ト短調 (op.14, 1918)
    • 3.5点
本当にとても面白い曲。2楽章はジョン・ウィリアムズの映画音楽だと言ったら誰でも信じてしまいそうなほどに似ており、流麗で壮大でキラキラとしていて、美麗な旋律にゆっくりと浸れる幻想的な世界観の音楽である。4楽章も中間は同様の雰囲気になる。1楽章や4楽章には、ちょっとコブシの入ったような民族的な雰囲気を活用した微妙にかっこよくないのが逆に心を躍動させる場面も多くて、それが新鮮で楽しすぎる。19世紀の交響曲はまだ深刻さや真剣さが求められていたと思うが、このような曲はエンターテイメント性が非常に高くて20世紀的である。

  • 交響曲第5番 ニ短調 (op.20, 1922)
    • 3.5点
かなり分かりやすいチャイコフスキーのような派手な冒頭である。なかなかカッコよくてしびれる。エンターテイメント的で分かりやすいのだがそれだけでなく、音の作り方のセンスがなかなかだし、宇宙のようになったり様々に変遷していきダイナミックに展開していく各場面がいちいちツボを突いてくる。長さに身を任せて心を揺らされる楽しさはなかなかである。前半は最高なのだが、最後の10分は少し派手すぎて単純さが生まれてしまい、やや物足らなくなった。

  • 交響曲第6番 ハ長調 (op.31, 1928)
    • 3.3点
まとまりがよい代わりに、独特の壮大で自由なところが失われている。ブルックナー的な際限のないようなスケールの大きさがなく、曲の世界に没入する感覚を得られないため、かなり物足りなく感じる。十分に満足感を得られるのは2楽章だけである。3楽章は通俗的で軽薄でありかなり不満である。1楽章も分かりす過ぎる不満はあるが悪くない。コンクールの優勝作品とのことだが、その事実がネガティヴに感じる作品である。

  • 交響曲第7番 (op.45, 1942)
    • 3.0点
アッテルベリのマジックが消えてしまい、ただの映画音楽的な交響曲になってしまっている。ラディカルさとか独特の世界に没入できる感覚がない。かなりがっかりである。とはいえ、じゃあ完全に二流の音楽かというと、よく聞くとそうではないと思う。ロマン派に退化してしまった完全に時代遅れな作曲家という感じではあるが、1楽章や最後の楽章はエンターテイメント性のある派手な音楽としてそれなりに楽しめる。2楽章も純ロマン的な楽しさがあったりする。

  • 交響曲第8番 (op.48, 1944)
    • 3.3点
非常に土臭くて、ロシアの作曲家かと思うような曲である。7番と似たような通俗的でロマン派の雰囲気の曲だが、3楽章制でなく4楽章あることで、楽章の間が極端すぎずにがっちりした構成感が出ている。始めからこのような音楽の作曲家なのだと思って聴くと、やや通俗的ながらもなかなか楽しんで聴ける。曲が長くないのも良い。最初は地味かと思ったが、通して聞くと後悔せずに楽しい音楽を愉しい気分で聴けるものだった。旋律がなかなか秀逸で耳に残るものばかりである。

  • 交響曲第9番 (op.54, 1957)
    • 3.5点
カンタータ風である。壮大さ純美や独唱の孤独感などカンタータらしい魅力が詰まっている。アッテルベリならでは独自の魅力を交響曲ほどは感じられないとは思うが、分かりやすく聴き手に寄り添ったロマン的な音楽はやはり素直に楽しめるものである。つまり、カンタータのある種のフォーマットとしての幅の狭さは気になるし、冗長で次の場面を待っているだけの時もあるが、各場面はなかなか聴いていて世界に没入できる旋律の美しさと華麗でエモーショナルな雰囲気を持っている。

協奏曲

  • ピアノ協奏曲 (op.37)
    • 3.0点
1楽章は平凡な曲と思う。2楽章は近代的なロマンティシズムと硬くて透徹した音の作り方とピアノの歌わせ方がラヴェルを連想させるものであり、なかなか楽しめた。3楽章は民族的な旋律を混ぜていく進んでいく曲で、ピアノは派手なパッセージを織り交ぜながら活躍するものの協奏曲らしい圧倒的な高揚感がないため少し物足りなさを感じてしまう。

カール・ニールセン( Carl August Nielsen, 1865 - 1931)

交響曲作曲家としてはかなりメジャーな存在。一般的には知らない人のほうが遥かに多いにも関わらず、あまり大きくないお店にもたいていCDが置いてあるという微妙な知名度の交響曲作曲家はこの人くらいではないか。彼の音楽は独特であり、和声でこの時代にしては単純で前衛性が少なく一見聞きやすそうでありながら、情緒に流されないため19世紀の音楽と異なり掴みどころが難しい。

交響曲

初期はシンプルで分かりやすく、4番と5番が全盛期で独特の音楽を確立しており、最後はその充実感がやや勢いを失うという、あり意味典型的な交響曲の構成だと思う。6曲はいずれも30分台であり冗長さがないのが良いところ。4番と5番だけを聴くより、他の曲も聴いてみた方が理解しやすいかもしれない。少なくとも自分はそれにより苦手意識が薄れた。

  • 交響曲第1番 ト短調 (1891-92,op.7,FS.16)
    • 2.5点
一言で言うと個性が足りない。明らかに初期の作品であるし、まだ独立した個性を持つ一流作曲家の作品という印象は少ない。それなりにしっかり立派に書けている交響曲という気もしなくはないが、基本的には、この後のニールセンの成長ぶりを確認していく過程の最初の一歩である以上の価値はないのでは、と思った。

  • 交響曲第2番 ロ短調 『四つの気質』 (1901-02,op.16,FS.29)
    • 3.3点
この曲は1番とは異なりかなり個性が明確に出ている。特殊なことをしていないにも関わらず、何か他の作曲家とは異質な力強さとか明るさとか独特な音の論理の力を持っている曲になっている。ロマンや音づかいの癖に頼らないため良さを捉えにくいが、不思議と良い。4番や5番よりもオーソドックスな交響曲に近いため聞きやすくて、もしかしたら、ニールセン入門に良いのではという気もする。楽章ごとの謎の標題はよく分からないが、音を聞く限りは標題音楽を聴いている感覚はなく、純粋な交響曲である。能天気に行進曲のような明るい4楽章の冒頭は妙にクセになるし、長く続かないのが良い。明るく力強く交響曲を締めてくれる気持ちよさは良いところの一つだと思う。

  • 交響曲第3番 ニ短調 『広がりの交響曲』 (1910-11,op.27,FS.60)
    • 3.3点
健康的な劇的さで力強い1楽章。ファンタジーのような幻想的な世界観でありヴォカリーズが非常に効果的な2楽章。場面をつなぐ3楽章の後に、明快で力強い高揚感があるにも関わらず取り憑く島のないような目標到達点が分かりにくい不思議な感触の4楽章がある。先に進んでいるのに、そこがまちスタート地点になっているかのような不思議な音楽である。最後は気持ちよくゴールするけれど。面白い楽章の取り合わせの交響曲であり、ストーリーがあるような無いような。傑作という印象では無いが意外さが多くて楽しめる。

  • 交響曲第4番 『滅ぼし得ざるもの(不滅)』 (1914-16,op.29,FS.76)
    • 3.5点
3番からさらに明確に成長している。音楽が立体的であり、明快な力強さの中に論理的だが不思議な力を込める能力はグレードアップしている。寄せ集めてではなく、全体が不思議な有機体になった印象がある。ティンパにの活躍がエンターテイメント的なこうかを上ているが、決して外面的なだけでなく、この音楽独自のドラマに欠かせない重要な仕事を行なっている。最後の4楽章も、取り留めない進行の感じはありつつも、3番よりも壮大になって凄みを増している。全体的にニールセンの交響曲の成長の過程がこの曲で一つの完成形になって結実した印象である。

  • 交響曲第5番 (1921-22,op.50,FS.97)
    • 3.5点
4番まで似た系統で継続的に成長してきたが、5番では全く別の作風になった。外面的な明快さ力強さを持ち劇的に変化を展開していく個性は影をひそめて、内面的にじわじわと変化していく感じになった。それまでの古典的な交響曲に擬した力学の要素は少なくなり、20世紀の新しい世界の音楽になった。後のペッテションに繋がるような音楽である。これだけ変化しても、作曲家としての実力の高さには驚けるし、似た雰囲気が長く続いても飽きないため充実した音楽だと感動できる。異世界のような個性がなくなった寂しさはあるが、代わりに曲の良さを納得しやすくなった。これはこれで良いと思う。

  • 交響曲第6番 『素朴な交響曲(シンフォニア・センプリーチェ)』 (1924-25,FS.116)
    • 3.3点
5番も現代的な音楽であるが、作曲家の晩年によくあるような、素朴で音数が少なくダイナミックさがない楽曲になっている。つまらないとは言わないが、ダイナミックさが大事だった彼の作風を思い返すと、全盛期を過ぎて老人になり枯れつつある残念さの方が先に出てしまい、晩年の枯淡を楽しみたい気分にはあまりならなかった。交響曲にしては音が薄めであるが、それでも個性を出して相応の晩年らしい味が出せるのは、やはり大作曲家しか達成できない成果だとは思うが。

協奏曲

  • ヴァイオリン協奏曲 (1911,op.33,FS.61)
    • 2.5点
協奏曲というフォーマットの聞きやすさは良いのだが、旋律や楽想が平凡でありマイナー平凡曲の印象を強く受けてしまった。

  • フルート協奏曲 (1926/27改訂,FS.119)
    • 3.0点
オケの伴奏に乗って自由にソロが吹きまくるスタイルの場面が多い。アンニュイな雰囲気がなんとなくあったり、独特の無国籍的なニールセンの世界でありながらも、やや前衛的な目新しさがあって、それなりに楽しめる曲。

  • クラリネット協奏曲 (1928,op.57,FS.129)
    • 2.8点
一年前に書かれたフルート協奏曲に似たスタイルだが、こちらの方はフルートのアンニュイさよりもクラリネットの諧謔性が主体になっている印象である。フルート協奏曲ほど成功しておらず、微妙さを常に感じたまま最後まで曲が進行する。フルートの楽器としての明るさが曲にあっていることと、似たようなスタイルで2曲書くことの難しさが理由だろうか。

室内楽

  • 弦楽四重奏曲 Op44 FS36
    • 3.0点
作品番号が大きめの弦楽四重奏曲として聞いてみた。た1楽章はいまいちピンとこない作品でフワッとしたニールセンらしいと言うイメージだった。2楽章以降は後期ロマン派の濃い香り感じさせしつつも陳腐にならない20世紀としての新しさ求めた音楽であり、それなりに面白い曲だなとは思った。とはいえ全体的にはそれほど印象を強く残すような曲ではなかった。

    • 木管五重奏曲 Op43 FS.100(1922)
    • 2.8点
この時代の音楽にしては分かりやすすぎる曲である。かなり素朴で古典的な内容が続く。それゆえに有名になったのかもしれないが、ニールセンの室内楽で有名だということで期待して聞いたら期待外れでがっかりしてしまった。実際の演奏を聴くと違うのかもしれないが、自分には有名な一流作曲家の作品らしい素晴らしい何かを感じられなかった。

ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(Wilhelm Olof Peterson-Berger, 1867 - 1942)

スウェーデン
同じペッテションでもアラン・ペッテションとは全く違う。爽やかで心地よい音楽を書く。年代としては後期ロマン派だがドロドロしたところが少ないのが良い。

  • ピアノ曲「フレースエーの花々」
    • 3.5点
(2022/10/20)グリーグの小曲集を思い出すような、詩的で爽やかな曲集。グリーグと比較して曲ごとの個性が足らないため聴き込むことはなさそうだが、心地よい詩情とまとまりの良さが楽しくて楽しい気分にさせてくれる。誰かに強く薦めるほどではないのだが、今後なぜか時々思い出して聴きたくなるのではと思うような爽やかさが心の宝物になりうる曲集である。



ヒューゴ・アルヴェーン( Hugo Emil Alfvén, 1872 - 1960)

  • 交響曲1
    • 2.5点
後期ロマン派らしい音楽だが、精神的にも技術的にもまだ熟している感がない。


ボアセン(Borresen , Hakon,1876-1954)

チャイコフスキーとシベリウスを足して2で割ったような曲。なかなかよい。

ルーズ・ランゴー(Rued Langgaard, 1893 - 1952)

デンマーク

交響曲

  • 交響曲 No. 1 "Kippepastoraler" (Mountain Pastorals)’’ (1908-09/1910-11), BVN. 32
    • 3.0点
ゴージャスで壮大。広大で雄大な舞台を1時間以上かけてたっぷりと描写している。後期ロマン派のような世界だが、近代的な垢抜けた部分もある。好きな人にはわりとツボにハマると思われる。人間的な温かみのようなものは乏しく、現実世界か精神的仮想世界か謎だが、とにかく世界の風雨の中に居て大きく息を吸い込んで世界を見回しているような雰囲気が続く。コンセプトを楽しむ曲として、お腹いっぱいになるまで楽しませてくれる。しかし、音のセンスが天才的とは思わなかった。

  • 交響曲 No. 2 "Vårbrud" (Awakening of Spring)’’ (1st version 1912-14)
    • 3.0点
1番ほどゴージャスではなく、すっきりとして見通しが良い。初夏のような眩しさと無意識の心の壁がなくなり前向きになり積極的になるような解放感が心地よくて楽しい気分になる。音使いのセンスは言えば1番と似たようなものであり、一流作曲家の域には到達できていないと思うが、聴いていて清々しい気分になるため聴後感は悪くない。3楽章はマーラーのような女声の独唱であり、滑らかな雰囲気の移り変わりにおける場面の繋ぎ方やふわふわとオーケストラの上に漂うようなメロディーがよく似ていて、聴きやすい。聴いていて疲れない曲なのが良いところで、聞く行為の心理的な楽さがもう一度聴きたいと思わせてくれる。

  • 交響曲 No. 3 "Ungdomsbrus (La Melodia)" (The flush of youth (La Melodia)’’ (effectively a piano concerto in one movement of about 30 minutes, 1915-16/1925-33), BVN. 96

  • 交響曲 No. 4 "Løvfald" (Leaf-fall) (1916/1920), BVN. 124

  • 交響曲 No. 5 (1st version, 1917-18/1926), BVN. 191*

  • 交響曲 No. 5 "Steppenatur" (Nature of the Steppe) (2nd version, 1917-18/1920/1931), BVN. 216*

  • 交響曲 No. 6 "Det Himmelrivende" (The Stormy Sky) (1919-20/1928-30), BVN. 165

  • 交響曲 No. 7 (1st version, 1925-26), BVN. 188

  • 交響曲 No. 7 "Ved Tordenskjold i Holmens Kirke" (By Tordenskjold in Holmen's Church (2nd version, 1925-26/1930-32), BVN. 212

  • 交響曲 No. 8 "Minder ved Amalienborg" (Memories at Amalienborg) (with mixed chorus, 1926--28/1929-1934), BVN. 193

  • 交響曲 No. 9 "Fra Dronning Dagmars By" (From Queen Dagmar's City) (1942), BVN. 282

  • 交響曲 No. 10 "Hin Tordenbolig" (Yon Hall of Thunder) (1944-45), BVN. 298

  • 交響曲 No. 11 "Ixion" (1944-45), BVN. 303

  • 交響曲 No. 12 "Helsingeborg" (1946), BVN. 318

  • 交響曲 No. 13 "Undertro" (Belief in Wonders) (1946-47), BVN. 319

  • 交響曲 No. 14 (Suite) "Morgenen" (Morning) (with mixed chorus, 1947-48/1951), BVN. 336

  • 交響曲 No. 15 "Sørstormen" (Storm at Sea) (with bass-baritone solo and male chorus,
1937/1949), BVN. 375

  • 交響曲 No. 16 "Synflod af Sol" (Deluge of the Sun) (1951), BVN. 417


レーヴィ・マデトヤ(Leevi Antti Madetoja, 1887 - 1947)

フィンランド



ルドルフ・ニールセン (Ludolf Nielsen、1876 – 1939)

デンマーク



テューレ・ラングストレム(Ture Rangström、1884 - 1947)

スウェーデン


ウーノ・クラミ(Uuno Klami、1900 - 1961)

フィンランド。フランスの影響を受けているらしく、北欧的な硬さ厳しさの中に、芳醇な色彩感と柔らかさがあるのが特徴。しかしシベリウスが分かりやすい北欧的な美しさを体現していたのを受け継いでいる感もあり、シベリウスの後に聴く作曲家として良い候補になると思う。

  • 交響曲1番
    • 3.3点
1楽章、2楽章はそれなりの音楽というだけで最初はあまり感銘を受けなかったが、3楽章は最初からかなり美しい楽曲だと分かった。柔らかく多彩で生気に溢れていて、描写的ではないのだが適度な抒情性はあり、非常に美しい。これは才能があると感じたとともに、Nextシベリウスとも言える同系統の美しさを保ちつつ、そこにフランス的な芳醇さが加わっていて、なかなかの聞き応えのある音楽性だと思う。それを体験してから1、2楽章に戻ると、シベリウスに優雅さと芳醇さを追加したような音楽性と分かり、なかなか楽しめた。4楽章も能天気にならないように気をつけながらも結構盛大に盛り上げていて、シンプルに楽しめる。

  • 交響曲2番
    • 3.0点
1番のような出色の出来の楽章が無いと思う。全体の力の入った力作ではあるし、すごい天才性は感じないにせよ、クラミの独特の音楽世界に浸れる時間を楽しむことはできる。順番としては交響曲1番を先に聴く方が良いと思う。そこで魅力を感じて別の曲も聴いてみたいとなった時の、もう1曲の役目を担うことは2番に可能だと思う。しかし、出来の良い楽章や旋律がないとやはり全体が地味なマイナー曲の印象になってしまい、魅力を発見しにくい。

ラーシュ=エリク・ラーション(Lars-Erik Larsson、1908 - 1986)

スウェーデン


ヴァン・ホルンボー(Vagn Holmboe, 1909 - 1996)

デンマークの作曲家。長生きしたこともあり、多くの作品がある。新古典派の爽快で気持ち良くて曲を手軽に楽しく聴ける印象。

アラン・ペッタション(またはペッテション)(Gustav Allan Pettersson, 1911 - 1980)

ワンアンドオンリーの独自に深められた精神世界を彷徨するような長大で重厚な交響曲を沢山書いた作曲家。その点では20世紀のブルックナーと呼びたいような存在。

交響曲

  • 第1番 (1951年)※破棄され、断片のみが現存。

  • 第2番 (1953年)

  • 第3番 (1955年)

  • 第4番 (1959年)
    • 3.0点
純粋な精神世界の音楽である。叙景をほぼ感じさせない。ドロドロとした暗黒世界の中で現実的精神とも妄想か生み出した虚構ともつかないような純美の世界が展開される。調性はかなり明確な場面が多いが、場面展開は旋律的でなく動機を重ねたり音響的だったりする。もやもやとした黒い霧と渦巻く暗黒オーラが常に世界を覆っている。少しずつ押したり引いたりしながら場面は展開していくから十分に堪能出来る。しかし、まだまだこれからの深化の序章としての楽しみという感じで浅さと未成熟さが残っている。やりたい方向性は既に明確だが、明確に世界を確立しきっていない。

  • 第5番 (1962年)
    • 3.3点
4番よりもはるかに暗黒度合いが高く、曲への没入度合いも高い。音像の完成度が段違いであり、一段階の深みに達している。魂の底にへばりついて動かしていくような力がある。単なる精神世界ではなく、もっと異次元の何かの亜空間の世界の音楽である。現代音楽風ではあるものの、調性はだいたいあるにもかかわらず、ここまでの世界に到達しているのはすごい。ここからがペッテションの本領発揮であろう。

  • 第6番 (1967年)
    • 3.0点
エモーショナルなパワーが増強して、それとともに暗黒的な魔界の世界観もさらに濃密度を上げている。うんざりするような暗黒度合いである。劇的なパワーは楽しめる部分もあるのだが、後半の同じ和声の上で延々と音楽を続けるのはさすがにやりすぎではないだろうか。息抜きがないためいい加減ウンザリしてしまった。

  • 第7番 (1967年)
    • 3.0点
ネオクラシック的な明快すぎる線が気になる。亜空間のような異世界の中を目に見えないオーラが覆うようなオリジナリティーが薄れたことにより、独自の魅力が薄れたように感じてしまった。音楽が明快になったことで、楽章がないものの構成自体はかなりシンプルなことも分かりやすくなり過ぎたように思う。とはいえ、個別の場面がそれなりに魅力ある音楽だとは思うが。

  • 第8番 (1969年)
    • 3.0点
7番の単純さとは全然違う、割り切りができない音の様相が続く。そして暗黒的なオーラがかなり弱い。光が常に差し込んでおり、拡散して曖昧になりながらも光の力が強いため、そこに暗黒は登場しない。どうしたのか?と突っ込みたいくらいだ。その目新しさを楽しみ、雰囲気の複雑で少しずつ移り変わる様を楽しめる。そしてスクリャービン後期を連想するような神聖なる神秘的な秘蹟の音楽という感じは強くあるのが面白い。得意の執拗なコーダも不思議な浮遊感があり、重力に引っ張られるような重さが少ない。

  • 第9番 (1970年)
    • 3.3点
長尺の曲らしいゆったりした時間の流れの中で不思議な音楽が続く。執拗な繰り返しの中で、マーラーの6番のような過剰に劇的で起伏の激しい内面エネルギーのドラマが演出される。しかし、これはとても抽象的で独自の超越的な亜空間の中でエネルギーの粒子を主人公として産まれるドラマである。なかなか面白い音楽であり、8番を拡張して独自のものに仕立て上げている。しかし現代音楽のようなものではなく、効果音により書かれているものの調性的で聴きやすい。長いコーダが最後に平安と安息で美しく終わるのにドキッとする。

  • 第10番 (1972年)
    • 3.0点
順番に聴いていくと突如としてカオスの音響のるつぼの別の作曲家になったかのような音楽になって面喰らう。この曲まではシンプルで統制が取れていたが、急に各楽器がバラバラに自分の出したい音を自由に奏でているかのような不統一な世界になっている。ひたすら圧倒されるだけで終わるのだが、飽きる前に短く終わるので、まあいいかと思える。凄い曲という感想はないが。

  • 第11番 (1973年)
    • 3.3点
前半はペッタションにしてはあまりにも生ぬるい。えぐりがなく、ゆったりとした時間をフリージャズのように自由に声部が登場してやりたい事をやっては去っていく感じだ。しかし後半はボルテージか上がっていく。ユニゾンの強奏から浮遊感の中に浮かび上がる姿の見えない強大なラスボスのようなものが存在している感は、独特の楽しさである。斬新なとても新しくて楽しい音楽を聴いた満足感はなかなかだ。

  • 第12番「広場の死者」 (1974年) 合唱付き
    • 3.0点
カンタータ風の声楽中心の曲。独特の浮遊感の中での雲を掴むような感じの合唱が延々と続いていく。しかし、あまり面白くないというか、強く感じるものがない。曖昧さが合唱によりパンチが効かなくなりさらに曖昧になってしまっている。謎の音楽という感想は最後まで消えなかった。また、あまりに長すぎる。全く芯のようなものがつかめず歌唱の不思議な音の繋がりと異様なテンションに圧倒されっぱなしなのはよいのだが、それだけが永遠に続く感じだ。しかし最後の最後に綺麗に伸ばした音で終わった時は、一気に気分がスッキリして達成感も感じて急に良いものを聴いたような気持ちになって点を上げてしまった。

  • 第13番 (1976年)
    • 3.5点
これは最初の数10秒を聴けばすぐ分かることだが、総合性を備えた素晴らしい力作である。重厚感のある重さと異次元のような浮遊感を備えており、カオス性とフリージャズのような自由さとコントロールされた統一性を全て兼ね備えている。聴きごたえが非常にあり、濃密な時間が流れていく。深くえぐるようなダークな精神性を持ちながら、発想豊かで変化に富んだ面白さもある。エモーショナルな場面もある。大変な覚悟で臨んだ代表作なのが音だけでもよくわかるし、その挑戦は成功したように思われる。

  • 第14番 (1978年)
    • 3.5点
ペッタション流の交響曲による晩年らしい枯れた味わいのある曲。妙に人生の終焉の予感で感傷的になったり薄い音の枯れた雰囲気の場面が見え隠れするのだが、それほど単純化されているわけではなく、カオス性は存続していて面白い。晩年の音楽が好きという人は多いと思うのだが、そういう人にはぜひ試しに聴いてみてもらいたい。音の濃密さや変化の多彩さや壮大なスケール感などは13番を継承しており、聴きごたえも13番ほどではないがかなりある。泣けるほどに心を震わせてくれる場面もある。割り切れない無限の変容の繋がりは相変わらずだが、場面を切り出すと普通の交響曲のような時が増えているようにも思える。

  • 第15番 (1978年)
    • 3.3点
14番と同系統の音ではあるが、この曲はなんとも言えないバランスの良さである。14番の終焉感のような特徴の明確さはなく薄められていて、平衡感覚を保った作品になっている。時間が短くてコンパクトであるが、これにはどちらかというと深い深い底の部分までは到達されない物足りなさを感じる。音楽に翻弄されきった完了感がない。出来は良い気がするが、いろいろとインパクトが弱い曲と思った。

  • 第16番 (1979年) アルト・サクソフォン独奏付き
    • 3.5点
サクロフォーン協奏曲のような作品であり、ひたすら独奏を吹きまくる。これがペッタションの晩年の作品に奇跡的な相性の良さを見せており、何度も聴きたくなるような素晴らしさである。無限の変容と感傷的な雰囲気のなかで、サックスはまさに魂とは単一のものであることを表象しているかのように吹かれる。そして吹きすさぶ嵐の中を人生を回想しながらも強く自分を保持し、それでもナイーブな気分にもなったり、揺れ動く。独自の作風と晩年であることとサックスの奇跡の結合で、少なくともクラシック音楽の中で他では見つけられそうもないオンリーワンの魅力を放っている。

  • 第17番 (1980年)※破棄され、断片のみが現存。


エイナル・エングルンド(Einar Englund、1916 - 1999)

フィンランド。20世紀の交響曲の作曲家としては有名とのことだが、交響曲を聴いてみても自分には心に響かず良さが分からなかった。
自分はカール・ニールセンが分からないのだが、似たような感覚である。

エイノユハニ・ラウタヴァーラ(Einojuhani Rautavaara 1928 - )

カレヴィ・アホ(Kalevi Aho, 1949 - )

フィンランド

  • 最終更新:2023-09-14 22:28:51

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード